80歳オーバーの飲み屋のママさん、元気だった頃の思い出②ー①

思い出の今川小路・元気バリバリだったママさんから認知症気味だったママさんまで

 JR東日本の耐震工事に伴って、2017年の9月に姿を消した今川小路飲み屋街。といっも、概ねカンター席ばかりの小さな飲み屋が15,6軒ガード下に連なっているだけのこじんまりとした、知らない人だと店に入るのが躊躇われるどころか、そのガード下を通るだけでも勇気がいそうな怪しげな飲み屋のかたまりだった。

 このガード下は薄暗くて、昼間だってほとんど人通りはない。山手線の内側、大手町方面からJR神田駅に向かうにしても、方向的にはOKなんだけど周辺の立地条件からそのガードに向かおうとすると、逆方向にかえって大廻りになったしまうので誰も使うことはない。

 山手線の外側の線路高架下沿いに歩いていけば、今川小路がガード下に認められるのだど、途中その先道が途切れている道路事情もあって、その線路沿いの道を歩いて駅に向かう人も少ない。という立地条件にあるせいか、神田周辺の会社に勤務している人でも、その今川小路を知らないという人はけっこう多かった。多かったというより、知っている人の方が少なかったといった方がいいくらいだった。

 大手町にある某新聞社の人達としょっちゅう神田周辺で飲み歩いていたけれど、彼等も私が案内するまではその飲み屋地帯を知らなかったみたいだ。

 私が今川小路を知ったのは、会社が神田にあって(今も神田で会社をやっているけど、その頃は今とは別の会社で雇われている身だった)、いろいろ知らない場所を歩いてみるのが好きで、ある時、特に目指す方向を決めているわけでもなくプラプラ歩いていたら、その今川小路ガード下に行き当たった。それで、中国返還前の香港の九龍城を外側から見たことあるけど、一瞬そんな雰囲気を思い出したくらい怪しげな一帯に写った。

 それで、その時は私一人、多少の冒険心もあってまずは電球はついているけど薄暗いガード下は避けて、ガード下より少しはみ出たところに建っていた少しは小奇麗な造りの1軒の飲み屋のガラス戸をあけた。そこもウンター席が7つ8つあるだけの店で、時間が夕方早かったせいでまだ私の他に客はいなかった。カウンターの向こうで客待ちしていたのは50代くらい女性。この店自体はこの辺では新しい方だという。

 私の勝手な想像ではあるんだけど、カウンター内の端の方に、天井の穴の空いたような入り口の2階に、まっすくに登っていくような梯子階段が着いていた。これは、もしかしてかつて売春防止法が出来る前の、ちょんの間があった建物のの名残りではないのかなんて思っちゃったくらい、怪しげな印象を受けた。
 昔、中野でここより広いテーブル席もあったけど、2階にちょんの間があった飲み屋に行ったことがある。一人で飲んで、飲み代がバカみたいに安かったんだけど、それは今度上で遊んでくださいみたいなことだったのだと思う。それっきり行かなかったけど、誰かにそういう話は聞いていた。

 話を戻そう、今川小路のその店で飲んだのは、あまり面白そうじゃなかったので、その時1回だけ。それから何日かして、また今川小路に一人で飲みに行った。

それから飲み仲間だった新聞社編集の連中を誘って、この今川小路に飲みに来るようになた。そこで出会ったのが80歳過ぎているママさんとかだ。でも、長くなったので、今回はこのへんで。
 80過ぎのママさんのこととかは、次回に記します。

コメントを残す